スタッフブログ

解き放つ くらしの定期便 —— 11月17日 銀杏の葉が綺麗

朝、ふと外に出ると、銀杏の葉が黄金色に輝いていました。
ひとつひとつの葉が光を受けてゆっくりと舞い落ちる姿は、
まるで季節が静かに次のページをめくっているようです。

銀杏の黄葉には、不思議と“心がほどける力”があります。
忙しさで固まった呼吸がゆっくり整い、
「ああ、季節はちゃんとめぐっている」と気づかせてくれる。
これは、自然が持っている“第六感をゆさぶる景色”です。

そして、こんな季節の変化を
自分の庭から、あるいは室内の窓から眺められる暮らしこそ、
村上店長が提案する “解き放つ住まい” の原点です。

・風にゆれる葉の音
・落ち葉の影がゆれる窓辺
・光の角度で変わる庭の表情

これらはすべて、住まいと心を静かに整える“自然の処方箋”。
認知機能の維持にも、深い眠りにも、ストレスからの回復にもつながる──
住環境学の研究からも、明確な効果が確かめられています。

銀杏の葉が一番きれいな今日、
季節を暮らしに取り入れる大切さを改めて感じています。

「暮らしの景色が変われば、心の温度も変わる。」

この冬も、“解き放つ” 暮らしのヒントを
村上店長がお届けしてまいります。

建築とは不思議なもの!

建築というのは、不思議なものです。
同じ図面でも、現場の空気が違えば、仕上がりもまるで変わります。

阿吽の呼吸がある現場では、木も、人も、気持ちよく動く。
けれど、途中でギスギスすれば、その影は必ず仕上がりに現れます。

私は、職人に合わせてきたのではありません。
職人を育て、現場の呼吸を整えてきたのです。

技術そのものは職人の領分ですが、
「取り合いの納まり」──その一つひとつの判断が、
仕上がりの美しさを左右します。

だから私は、納まりの線を誰よりも丁寧に見てきました。
木と木が、壁と天井が、空気のように“きれいに呼吸できる”ように。

お客様は、その空気の中で毎日を過ごされるのです。
だからこそ私は、
“見るたびにほっとする”現場の空気を、
今日も職人たちとつくり続けています。

観光バスでいってきました!

光に溶ける秋薔薇──静けさの中で、色と香りが深まる

秋の陽射しは、やわらかく、それでいて透明。
その光に包まれて咲く秋薔薇は、春よりも深く、香りに奥行きを感じます。

今日は、その薔薇たちを案内する観光バスの旅。
車窓からの景色も、降り立った庭も、
どこもかしこも“光に溶ける”ような美しさでした。

参加された皆さまが、静かに薔薇を見つめ、
香りを胸いっぱいに吸い込む姿が印象的でした。
花の命の短さを知るからこそ、今この瞬間が尊い──
そう感じた一日でした。

解き放つ くらしの定期便  11月5日 

今朝4時、まだ夜明け前の西の空に、まんまるの月が浮かんでいました。
澄んだ空気のなかで、その光は冷たくも、どこかあたたかい。
夜と朝のあいだ──一日のリズムが静かに切り替わる、ほんの短い時間です。

この「満ちて欠ける」月のように、
人の心や体にも、波があります。
ずっとがんばりつづけることより、
ときどき“満ちて”、また“ゆるむ”こと。
その繰り返しが、ほんとうの“げんき”を育てるのだと思います。

たとえば、家の灯りを少し落として、
月明かりの下でお茶をいれる。
それだけで、心の深いところがすっと整う気がします。
自然のリズムに寄り添う暮らしには、
薬では手に入らない癒しの力があるのです。

解き放つ くらしの定期便 11月4日号コラム

『光と風がくれる、“できる理由”。』

「この光と風なら、こんな方法で生かせるかも。」
そう思うたびに、新しい発想が生まれる。
そして、私は毎日が楽しい。

たとえば、草津の北風をやわらげるために、
デッキの梁を少しだけ斜めに設けたことがありました。
ただそれだけで、冬の午後にやさしい陽だまりが生まれ、
ご夫婦の会話が増えたのを覚えています。

住まいづくりには、いつも制約がつきまといます。
けれど、「できない理由」を探すより、
「できる理由」をひとつ見つけた方が、
家も、人も、げんきになります。

光と風を読むのは、図面ではなく“第六感”。
理屈ではなく、「なんとなく、ここが気持ちいい」と感じる心です。
その感覚を信じて工夫を重ねると、
“住環境治療学®”が目指す──
暮らしで治す、げんきになる住まい が、少しずつ形になっていきます。

そして、最後にひとつだけ。
真似をされるのも、かまわない。
けれど、心を込めずに真似をすれば、
あなたのいちばん大切な人を失う。

住まいとは、技術ではなく、
人を想う“心の仕事”だから。

第六感が一番げんきになる住まいと庭

― あるお客様から伺った話 ―

あるお客様が、こう話してくださいました。

娘さんが長女を出産されたときのこと。
ベッドに横たわるお母さんのそばで、まだ一歳十か月の長男・Tくんが、
お父さんの手を取り、お母さんの手の上にそっと重ね、
さらに自分の小さな手を添えたのだそうです。

誰も教えていない。
「こうしなさい」と言った人もいない。
それなのに彼は自然に、家族三人の手をひとつに結んだ。

お客様はその光景を見て、涙がこぼれたと言います。
「たぶんあの子の中に、“安心の記憶”があるんです。
私と散歩するとき、いつも左手で手をつないでくれます。
きっとそのぬくもりを覚えていたのでしょう。」

私はその話を聞きながら思いました。
――手は、言葉よりも早く愛を覚える。
“つなぐ”という行為は、本能であり、祈りでもある。
そしてそれは、まさに「第六感」が働いた瞬間だったのだと。

目に見えない“安心”や“ぬくもり”を感じ取る力。
それこそが、人が本来もっている「げんきになる力」なのです。

私たちがつくる住まいと庭もまた、
その第六感を呼び覚ます場所でありたい。
風の流れや光の角度、木の香りや土の感触、
それらが人の心に触れ、
言葉を超えて“安心”を伝える──。

家族が自然に手をつなぎたくなるような、
そんな空気をまとう住まいと庭。
そこにこそ、「生涯げんきに暮らす知恵」が宿るのだと思います。

私はその話を聞きながら、ふと──
「ライフスタイルフィット診断プラス」を開発した日のことを思い出しました。

言葉では説明できない“好き”や“落ち着く”という感覚を、
どうにか可視化できないかと思い、
人の感性と本能、第六感の働きを見える化するためにつくった道具です。

あのとき感じたことが、まさにこの瞬間に重なりました。
やはり、人を本当にげんきにするのは、理屈ではなく“感じる力”なのだ。
第六感をいかさずして、どうして良い住まいや庭ができるだろうか。

住まいとは、図面や数値でつくるものではなく、
心の深いところにある“感じる設計図”を、そっと形にすること。
それが、私の仕事の原点であり、
「暮らしで治す」という思想の出発点なのです。

暮らし彩時記 ──ハロウィンの夜に

10月31日、ハロウィン。
本来はケルトの暦で「一年の終わり」を意味する日だという。
秋の収穫を祝い、火を灯して祖霊を迎える──日本でいえば、お盆と大晦日を合わせたような行事だ。

夜になると、子どもたちの声が街をにぎわせる。
けれど本当のハロウィンは、静かに“火を囲む日”でもある。
電気を消し、キャンドルをひとつ灯してみるといい。
ゆらめく炎のリズムに合わせて呼吸が深くなり、
日々の慌ただしさが、ゆっくりと遠のいていく。

ハロウィンの橙色は、太陽の名残の色。
明日から始まる冬に備えて、心と体をあたためる光だ。
庭のハーブを少し摘み、温かな湯に浮かべるだけでも、
からだの芯が“げんき”を取り戻す。

一年の区切りに、静かな灯を。
それが、私たちの暮らしのハロウィン。

くらしの定期便 ─ 10月30日号

刻々と変わっていく夕焼け

── 目が離せない。

秋しぐれ 茜をのこし 風やさし
  (くらし彩時記)

夕方五時を過ぎるころ、
空が少しずつ朱に染まりはじめました。
オレンジ、桃色、紫、そして群青へ。
ほんの数分のあいだに、
光がまるで呼吸をするように変わっていきます。

庭のミモザの影がのび、
軒下の風鈴が、ひとつ音を立てました。
今日という一日が静かに終わっていく。
その瞬間を見届けることが、
いつのまにか私の日課になっています。

あわただしい毎日の中で、
ただ空を見上げる時間を持つ──
それだけで、心がふっとやわらぎます。
明日もきっと、いい日になる。
そんな確信をくれるのが、
この季節の夕焼けです。

キンモクセイの香り 

真夏日が長くつづき、ようやく朝晩に涼しい風がまじるころ──
訪問先のお庭で、ふと金木犀の香りが風にのって漂ってきました。

今年は少し遅咲きだったようです。
やさしく甘い香りに包まれると、
どこか懐かしく、心がほどけるようでした。

「金木犀(きんもくせい)」という名前は、
“金”──花の色が黄金色(こがねいろ)であること。
“木犀”──幹の肌が、**動物のサイ(犀)**の皮膚のように
ごつごつしていることから名づけられたのだそうです。

ほんの短いあいだしか咲かないのに、
その香りは季節をたしかに秋へと導いてくれます。
やわらかな香りに包まれて、
これで今日も、深い眠りにつけます。  

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